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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2594号 判決

控訴人 甲村三郎

右訴訟代理人弁護士 田辺幸一

同 若柳善朗

被控訴人 天野五十吉

右訴訟代理人弁護士 菊池利光

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。原判決別紙物件目録記載の土地につき、控訴人が被控訴人に対し、原判決別紙地上権目録記載の地上権を有することを確認する。被控訴人は控訴人に対し、前項記載の土地につき、前項記載の地上権の設定登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、左のとおり附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

本件の場合に、民法三八八条を類推適用して法定地上権の成立を認むべき理由として、原判決事実摘示における主張(原判決二枚目裏九行目から三枚目表六行目まで)のほか、更に次のとおり追加して主張する。

1  土地及び建物の所有者の意思として、土地又は建物を強制競売される状態に自らを置いたことで地上権設定の意思の推測、擬制をなし得る余地がある。

2  最高裁判所昭和三八年六月二五日言渡判決は、「建物の競落人は事前或いは事後の交渉により借地権等の敷地利用権を取得する途がないではない」と判示するが、事後の交渉で土地利用権を取得し得るから、強制競売の場合には民法三八八条の類推適用は不必要というのであれば、抵当権の設定の場合であっても状況は全く同じであり、そもそも法定地上権の制度を設けた意味がなくなってしまうのである。

3  本件のような場合、民法三八八条の類推適用を認めないとするときは、建物競落人が土地利用権を事後の交渉により取得できないときは、土地を不法に占拠していることになり、それでは建物所有権を取得した意味がなくなり、もとの建物所有者である現土地所有者を予期以上に一方的に利するだけである。又土地についてのみ強制競売がなされた場合、土地競落人は、何ら負担のない土地所有権を取得し、他方建物所有者は何ら土地利用権を有しないことになり、土地競落人を予期以上に一方的に利することになる。なお、右いずれの場合にも、土地所有者の建物所有者に対する建物収去土地明渡請求が権利の濫用となって建物所有者は保護されるとしても、両者間の土地利用関係がどうなるのかは不明であり、かえって、法定地上権を認めた方が双方の権利関係が明確になる。

4  本件の場合、本件建物の最低競売価額決定の基礎をなした鑑定人関田英太郎の鑑定評価によると、本件建物の敷地利用権はないとしながら、その評価に当っては、敷地利用権のある場合の建物の価格の七割としているのであるから、建物競落人たる控訴人は、実質的には敷地利用権を含めて競落したものである。もし控訴人が敷地利用権を取得し得ないのであれば、本件建物はこれを廃材価値として評価すべきであったのである。

理由

一  当審も、控訴人の本訴請求は、これを棄却すべきものと判断するが、その理由については、左に附加するほか、原判決がその理由において説示するところと同一であるから、これを引用する。

1  控訴人は、本件の場合に民法三八八条を類推適用して法定地上権の成立を認むべき一事由として、同一人が建物とその敷地を所有する場合には、建物のために敷地の利用権が潜在的に伴なっており、当事者が契約でこれを実現する機会を有しないときには法律上の効果として顕現するものとみるべきであり、そのことにより建物維持の社会的経済的要求をも達成させ得る旨及び土地及び建物の所有者は、土地又は建物につき強制競売をされる状態に自らを置いたことで、地上権設定の意思を有するものと推測し或いは擬制する余地がある旨主張する。

しかしながら、建物とその敷地とが同一人の所有に属する場合には、建物のための敷地利用権が潜在的に存在していると解する余地はあるけれども、そのことから直ちに明文の根拠なくして強制競売の場合にも民法三八八条の類推適用を認むべしとの結論を導びくことはできないのであって、強制競売の場合に同条の類推適用を認むべきか否かは、同条の立法趣旨並びに同条の類推適用によって生ずべき結果をも勘案して、これを決しなければならない。

しかるところ、民法三八八条は、抵当権の章下に置かれ、その法文は、同一所有者に属する土地又はその地上建物につき抵当権が設定され、右抵当権が実行された場合に法定地上権の成立を認むべきものとしているが、強制競売の場合について触れていないこと、強制競売の場合に同条の類推適用を認めないことにより或る程度の不合理の生ずることは避けられないが、右の不合理を解消するため、国税徴収法一二七条(法定地上権)、仮登記担保契約に関する法律一〇条(法定借地権)、民事執行法八一条(法定地上権)等に特別の規定が設けられたのに、民法三八八条自体は何ら改正されていないこと、同条はいわば特別の規定であって濫りにこれを拡張ないし類推すべきでないこと等を考慮すれば、明文の規定を離れて、土地又はその地上建物に抵当権の設定がなく、抵当権とは全く関係のない本件強制競売のような場合にまで同条の類推適用を認めるのは相当でないといわなければならない。

2  次に、控訴人は、最高裁判所昭和三八年六月二五日言渡判決が判示するように、建物競落人は事後の交渉により土地利用権を取得し得るから、強制競売の場合には民法三八八条の類推適用は不必要というのであれば、法定地上権制度そのものが無意味となる旨主張する。しかし、本件のように建物のみを強制競売によって競落する者は、事前に土地所有者の意思を確かめ、土地所有者において利用権の設定に肯んじないことが予想されるときは競買を見合せることによってその損失を防止することが可能であり、或いは事後に土地所有者と交渉し、場合により相当額の金員の支払等をすることにより土地利用権の設定を受け得る可能性の存することは、否定し難いところである。そして、右のような事情は、強制競売の場合に民法三八八条の類推適用を否定すべき一事由となり得るのであり、法は、かかる事情をも考慮して、強制競売の場合には、抵当権実行の場合と異なり、民法三八八条の適用をする必要をみないとしたものと解されるのである。従って、かように解したからといって法定地上権制度の趣意を没却するものと即断することはできない。

3  更に、控訴人は、強制競売の場合に民法三八八条の類推適用を認めないとするときは、建物のみの競売の場合には土地所有者を、土地のみの競売の場合には土地競落人を予期以上に一方的に利する結果となり、又競落後における土地所有者と建物所有者間の土地利用関係も不明となるなどの不都合を生ずる旨主張する。強制競売の場合に民法三八八条の類推適用がないとすれば、同一所有者に属する土地又は建物のいずれか一方のみが競売されたときは所論のような結果の生ずる可能性の存することは否定し得ず、かような結果は、もとより好ましくないものではあるが、右のような結果は、強制競売に際し土地及び建物の一括競売の方法を採ることにより或る程度回避する余地もあるのであるから、前記のような事情を背景に明文上の根拠なくして強制競売の場合にも民法三八八条の類推適用を認むべしとする見解には、にわかに左袒することができない。

4  又控訴人は、本件の場合、本件建物の最低競売価額決定の基礎をなした鑑定人の鑑定評価に徴すれば、控訴人は、実質的には敷地利用権をも含めて本件建物を競落したものというべきである旨主張する。《証拠省略》によれば、本件強制競売手続における鑑定人関田英太郎は、本件建物については、競落人において当然に敷地利用権を取得するものではないが、競落人が事後に敷地所有者からその敷地を買うとか借地権の設定を受けるとかして建物を生かす方法があるので、右の点を考慮のうえ本件建物の評価額を敷地利用権がある場合の七割とするのが相当であるとの見解のもとに、該建物の価額を算定し、右価額に基づいて本件建物の最低競売価額が定められたものであることが認められる。してみれば、前記鑑定は、競落人において本件建物の敷地利用権を取得し得ない危険性やその取得に要する経費、労力等の負担をも勘案して該建物の価額を前記のとおり評価し、最低競売価額も右評価を基礎として定められたものと解されるのであって、競落人たる控訴人においても、右の危険性を知りながらこれを競落したものというべきであるから、本件の場合、控訴人が実質的には敷地利用権をも含めて本件建物を競落したものとはいい難い。

従って、本件の場合、民法三八八条を類推適用して法定地上権の成立を認むべきであるとの控訴人の主張は、採用することができない。

二  以上の次第で、控訴人の本訴請求は、これを失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉田洋一 裁判官 野崎幸雄 裁判官松岡登は差支えにつき署名捺印することができない。裁判長裁判官 杉田洋一)

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